他人と比べてしまうのは人として当たり前。その上でどうするか

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

他人といつも比べてしまうのが嫌なあなたへ。

人と比べてしまうのが嫌。

何かと他人と比べてしまう。

他人のことが気になる。

という人はとても多いです。

今日はその原因の1つを紹介します。

他人と比べてしまうのは人間として当たり前。

あらゆる場面や本で、あるいは映画で、他人と比べてきても仕方ない、自分らしく生きるのことだし、他人のことを気にしても仕方がない、自分のことに集中しよう。そんな表現をみかけます

もちろんそんな風に生きられたらベターでしょうか、そもそも人間の認知は、周囲の人と比べることでしか自分を把握することができません。

例えばこの世の中に赤色と言う色しかなかったら、私たちがその色赤だと認識することができません。赤しかない世界に、白色が現れたときに、初めて赤を赤だったと認識することができるのです。

それと同じように、この世界にあなたしかいなかったら、あなたはあなた自身をあなたと認識することができません。あなた以外の誰かがこのように現れたときに、あなたは初めて自分を自分だと認識することができます。

現象学

これは、現象学と言う学問の1つです。私たちは自分以外の誰かや何かを比較することで、自分自身と言うものを、自分自身の輪郭と言うものを、認知することができるのです。

ですから私たち人間が、周囲にいる人たちと自分を比べてしまうのは、心の弱さや、自分の生きていない、と言うことではなく、人間の認知の認知の仕組みとして当たり前のことなのです。

人は違うと言う前提を忘れないこと

とは言え、必要以上に他人と自分を比較し、自分を落ち込ませてしまう、あるいは他人に苛立ってしまう、そんな状況は望ましいことではありませんよね。

これは境界線が薄くなっているから起こります。他人と自分の境界線が薄い人ほど、他人からの影響を受けやすくなります。

この境界線をしっかり作っていくためにはいろいろな方法がありますが、そのうちの1つが相手と自分は違う人間なんだと言うはっきりした認識を持つことです。

特に同じ肌の色をして同じ言葉を喋る相手に対しては、相手も同じように考えるだろう、自分と同じように感じるだろう、自分と同じような常識や感覚を持っているだろ、と勝手に期待してしまいます。

同じような学校で、同じようなことを学び、だから同じような常識を持ち価値観を持ち、自分と同じように振る舞うだろうと言うような期待を持ってしまいます。

本当は育った環境も価値観も何もかも違うのに、私たちは勝手に相手に期待をしてしまいます、自分とそんなに変わらないだろうと言う期待です。

その期待を無意識に持っていると、他人からの影響受けやすくなります、私とは違う他人の言葉や言動に反応しやすくなってしまうんです。相手と私は違うと言うはっきりとした認識があれば、相手の言動や言葉にそこまで飲み込まれる事はなくなります。

他人のことを必要以上に気にしてしまうのも、自分と相手は同じ人間で似たような感覚を持っていてそれほど変わらないと言う無意識の思い込みがあるからです。

動画も見てみよう

この辺は動画にもまとめてみましたのでご覧になってください。