〇人から嫌われるのが怖いとき、ショックなとき。
人に嫌われるのって、やっぱりイヤですよね。好きな人はいないと思います。
ただ、その捉え方に個人差があるようです。
耐えられないくらい、人から嫌われる、非難されるのがつらくて、落ち込んでしまう人もいれば、
「まあ、しょうがない。私とは合わない。」 と、割り切って先に進める人もいます。
できれば、気にならない性格になりたいですよね。
日本の教育を真面目に受けてきた方ほど、他人からの評価に敏感です。他人から好かれることが、自分を認めることになり、拒絶されることは、自分の価値が下がることだと、学んでしまったからです。何より、私がそうです。
集団をまとめるためには、この教育の仕方は非常にうまく機能します。
しかし、実際社会にでると、残念ながら足かせになることが、多いのです。
いろいろな本にも、
「人の視線や評価を気にしないこと。」
「わたしは、わたし。」
「なんといわれようと、相手はそんなに、あなたのことを思ってなどいない、だから気にしない」
などと、励ましや、発想の転換をうながす言葉がたくさんのっています。
実際、
「あなたのためを思って、怒るけど…」
「あなた、こういうことだと、今後、困るわよ。」
「そういうの、通用しないよ。」
などと、さも、こちらのタメですよ、という旗を振りかざして怒ってくる人ほど、
自分のことしか考えていません。
本当に相手のことを思ってくれている人なら、
1.言葉と、タイミングを選んで話してくれる。(こちらを追い詰めるような、傷つけるような言い方は、
絶対にしません。)
2.感情的になっていない。(怒鳴る、無視、キレる、なんてのは、完全に相手のエゴや潜在意識の問題であり、怒らせたこちらが問題ではありません。これは、同じ内容に激怒する人と、全く気にしない人がいることからもわかります。)
少なくとも、この2点ははずしません。
さて、ちょっとずれてしまいましたが、
もし、人から嫌われた、嫌われそう、嫌われたらどうしよう、
と落ち込んでしまった。
無視された、去っていた、怒鳴られた…。
とショックを受けた。自分の自信がなくなった、自分を責めた。
そんなときは、
そんな感情や落ち込みなんて忘れて、ラッキ−だと思ってください。
●その人を失った分、その人から嫌われた分、あなたを好いてくれる人が現れます。
地球上に人口は何人いますか?少なくとも日本は何人でしょう?
当たり前のことなのですが、自分と合う人間なんて、どこにでもいますし、合わない人間もどこにでもいます。
100人、人と出会って、100人に嫌われたのなら確かに問題かもしれませんが、
そうでもないのなら、
おそらく、その人は、自分と合わないだけなのかもしれません。
そして、そんな自分と合わなかった腹正しい人でも(笑)、その人にも親友や、
恋人なんかはちゃんといたりするわです。
嫌われた自分にだって、家族や、大切な人、友達がいて、
その人たちは、自分を好き、といってくれるわけです。
だったら、無駄な努力はせず、サ〜っと身を引くのが一番。
別に、好かれる努力なんてしなくて、いいのです。
嫌われて万歳、さようなら〜。
そういう気持ちで、いいのです。
みんな仲良く、は、中学校で卒業していいのです。
嫌われてしまう理由は、こちらよりも、相手にあるものなのです。
(たいてい、誰かが嫌いな人は、他にも嫌いな人が、たくさんいます。
あなただけを無視したり、怒ったり、傷つけているのではなく、
同じようなことを他の誰かにもしているものです。)
そして、繰り返しになりますが、
ひとりの人から嫌われたら、そのぶん、
ひとりの人が自分を大好きになってくれる、
と思ってください。
実際、そういうものです。カレ−はスパイシ−だからやみつきになるのであって、スパイスが嫌いだからといって、スパイスを抜いたら、よくわからない料理になります。
あなたの個性や性格が、強烈に人を惹きつけることもあれば、強烈に不快にさせることもあって当然なのです。
だから、ひとりの人から嫌われたら、そのぶん、ひとりの人が自分を大好きになってくれる、と思ってください。
そのように発想の転換ができるだけでも、意識がそういう現実を運んできてくれますし、何かを失うことは、何かを手にする前触れですから、本当にそうなのです。
気休めではなく、意識の力を利用するのです。
ただ、ここで注意してほしいのは、誰かに好かれたから、誰かに嫌われるのでは…、なんて思わないこと!!
そう思ったら、本当にそうなってしまいます。人の意識はすごいパワ−があるのですから。
そんな心配はしないでください。誰かに好かれたら、もっともっとあなたを好きな人が現れます。そういう風に、都合よく考えてみてください。
学校では、都合よく考えるのは、まるでいい加減なようで、怒られました。
もっとよく考えなさい、そんなことあるわけないでしょ、と。
でも、人の意識が現実を作るので、都合よく考えて、ニコニコしていると、
本当にそうなってしますものなのです。
「わたしは、わたし、気にしない。」とか、
「人の評価を気にしていてはダメ。」 とか、
そんな風に、頑張って自分に言い聞かせるよりも、
「あ、ラッキ−、これで、素敵な出会いが、またひとつあるぞ♪」
という、ハッピィの前触れに、してしまうのです。
実際、わたしも人から嫌われて、つらい思いをしたことがあります。
でも、冷静に振り返ってみると、
その後、必ず、素敵な出会いが起こっているのです。
嫌われていることを、気にしなくなると、そういうことが起こります。
なにも、自分と合わない人たちからの、評価を気にしなくたって、
問題はおこっていないのです。
だいたい、そんな人たちと今後関わっても、いいことなんて、
ひとつもなかったりします。
世の中には、今の自分を、もっともっと愛してくれる人が、
まだまだ溢れています。
人から嫌われたら、ラッキ〜、
で行ってみませんか?
でも、こんな話をすると、
「人から嫌われたってことは、自分をみつめなおす、いい機会でしょう?それをしないと人は成長しないのでは?こんな考え、わがままなだけでしょ?」
と反論する方もいらっしゃるかもしれません。
もし、そうお考えなら、それも自由です。
ただ、人間は、喜びのもとで、自分をみつめなおし、成長することもできます。
そしてなによりも、このくらいの発想の転換をしないと、人の目や評価が気になって、苦しくて、しょうがないという方がいらっしゃるのです。
だから、わたしの考え方が気に入らない人は、どうぞ、それで結構です。
その分、わたしの意見に深く同意してくれる方が、必ず現れますから!!
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