同じ班の友達と比べて、
クラス全体と比べて、
全校生徒と比べて、
他校と比べて、
県内で比べて…。
基準は常に他者にあり、他者と比べてどうなのか、で物事を考えなければなりませんでした。
どんなに上にいっても、それは比較される対象が広がるだけで、ゴ−ルはありません。
それは、規範や道徳意識を高めるためには有効な教育かもしれません。
しかし、自分の価値観、自分への評価をこれで行うと、非常にしんどくなります。
これは、
相対で評価する、相対で考える、
という偏差値の考え方です。
でもそうすると、いくら頑張っても、頑張っても、満足することがなくなってしまうんですよ。
〇〇と比べて〜が足りない。
まだ〜が手に入っていない。
今日は〜と比べて、これしかできていない。
〇〇は私と同い年なのに、あんなにうまくいっている。それに対して私は…。
これは非常にしんどいです。
僕も常に誰かと比べて自分がどうなのか、ということを散々やってきたので、
いくら頑張っても、頑張った自分を褒める前に、
〜と比べて〜が足りない。
努力不足だ。
まだまだだ。
と、なってしまう癖があります。
これもエンジンになるならいいのですが、落ち込みに変わると、救いようがありません。
特に最近の私は、このような叱咤激励で前進できることはほとんどなく、
かえって前進の妨げになってしまうようです。
教員時代、半年間で、非常に成績の伸びた生徒がいました。
勉強のことをよく相談に来ていた生徒で、私もそれに答えるべく、
勉強方を丁寧に教えていたのです。
そして、その方法をしっかり実践し、結果を出していきました。
彼女は、どんどん成績が伸びていく中、ある時期から、
「〇〇さんと比べてまだまだおいつかない…。」
「〇〇君はどんな勉強をしてるのかな。どうすれば、あんなふうになれるかな…。」
と、焦りだし、不安になりだしたのです。
上へ、上へと目指す姿勢は素晴らしいのですが、このように落ち込みに変わると、
かえってやる気がそがれます。
そのとき私がアドバイスしたことが、自分もついやってしまう、
この偏差値的考え方の解決方法に、非常に役立つなと 、
はっとしたのを覚えています。
「ねえねえ、3ヶ月と比べて、今の自分の成績って、どのくらい伸びたの?
100番以上あがったよね。
半年前と比べたら?
あの頃は勉強の、ベ、の字もロクにできてなかったじゃない?家に帰ってからも、
遊んだりしてたよね?
でも最近は?
部活もちゃんと出て、家に帰ってからも、勉強できてるよね?
それってすごいことだと思わない?
〇〇さんと比べたら、まだまだかもしれないけれど、
あなたの「伸び率」はすごいんだよ?
伸び率でいったら、〇〇さん以上だと思わない?
伸び率がすごい、っていうことは、勢いがある、っていうことだから、
それはスゴイことなんだよ。
誰かと比べないで、昔の自分と比べて、今どのくらいか、で考えたほうがよくない?」
生徒はすごく納得してくれて、その後も落ち着いて勉強に取り組んでくれました。
昔の自分と比べての、伸び率、自分の中の絶対値で、自分を評価してあげると、
すごくラクになって、
元気になってきます。
5年前より、今のほうが、絶対賢くなってると思いませんか?
私も人と比べて落ち込んだら、自分の伸び率に注目することにしています。
そうすると、お、悪くないな、むしろいいじゃん!って思います。
誰かを基準にするのではなく、自分を基準に評価する。
これを私もテ−マにしています。