| ○ここでは、橋本翔太がレイキに出会うまでを、幼少より追ってお話しします。
---虚弱体質と父の死---
私は幼少から体が弱く、病弱で、入退院を何度もくりかえしてきました。
よって自身の健康管理は小学生のころからとても意識しており、
食事、運動、睡眠などを日常で考えている、やけに老いた子供でした。
母が病院の管理栄養士であることもあり、買い物や食事のときは、
いつもいろいろな食物とそのバランスの話を聴いていました。
よって 栄養学は今も詳しく、興味がある分野です。
しかし、いくら気をつかっても、もともと粘膜が弱いらしく、
年中、風邪をひいているような子供で、
20歳を過ぎてもそれは続きます。
小学校4年生のときに、父が病に倒れ、長い闘病の果て、中学3年生のときに亡くなります。
同じ時期、小学5年生から中学2年生までひどいイジメに合い、学校と家庭にはさまれて、
自律神経失調症になります。
が、当時はそのように診断されることはなく、朝
、起きられないのは低血圧だからだ、と、血圧の薬を飲んでいました。
また、おさまらない頭痛の原因を調べるため、脳波を検査したこともあります。
当時はまだ、病院側も、メンタルな部分を重視していない時代だったように感じます。
ひどい頭痛に加え、夜中に起こる腹痛と下痢、自分が自分ではないような感覚、
を訴えるようになります。
今思えば、不安神経症、離人症、過敏性大腸炎などが症状として現れていたのかもしれません。
そんな中、一冊の心理学の本と出会い、自分の内面が変化しはじめます。
気持ちが徐々に前向きになり、その結果、
父が亡くなる数ヶ月前から、症状やイジメはなくなっていきます。
そして、父が亡くなるのと同じ時期から、症状がおさまりました。
父が守ってくれているのかもしれませんが、何より、
学校と家庭の環境が落ち着きはじめ、
自己の内面と外面に落ち着きを取り戻したからだと思います。
---臨床心理学を大学院で学ぶ---
そのころには、人間の心理に大変興味をもつようになっていました。
私が 心理学の勉強を本格的にはじめたのは大学院に入学してからです。
ユングの夢分析やカウンセリング方法論、PTSDについて学びながら、
このころ、マ−フィ−やナポレオンヒルといった潜在意識に基づいた成功哲学を
読みあさるようになります。
成功哲学で必ず出てくる、潜在意識の話は、心理学を学び進める上でも切れない関係であり、
両者が結びつき、ますますたくさんの書物を読むようになります。
気づけば現象学や量子力学に至るまで、その範囲は広がります。
この頃は、毎日一冊の本を読んでいた、といっても過言ではないでしょう。
また、内観療法を教授の薦めでおこない、これが人生の転機にもなります。
僕がお世話になった「瞑想の森 内観研究所」はこちらです。内観の説明も掲載されています。
大学院2年生の頃には 、浅見帆帆子さん、船井幸雄さんをはじめ、「聖なる予言」やシャ−リ−マクレ−ンさんの著書に出会い、「ニュ−エイジ、精神世界、スピリチャリティ」の学びがはじまりました。
結局は、心理学と切っても切れないところに「精神世界」の存在があることに気づきます。
同時に、 宗教学や哲学の書物も読み始めます。
こうやってものすごい勢いで勉強していく中で、「レイキ」を知ります。
説明など読む限りで、
最初は、はっきりいって、かなりひきました。笑。
こんな調子のいい話は、ない。宗教っぽいなあ。値段も値段だし、ますますウサンクサイ…。
それでもほうっておいたのです。半年以上。しかし、だんだん気になり始め…。
ふと「レイキ」をインタ−ネットで検索したら、
それこそたくさんのレイキに関わるサイトがあるではないですか!
あれだけ本を読んでいたのに、「レイキ」に関する本が出版されていることも、
このときに初めて気づきます。
そこで自分なりに、情報を集めはじめます。
それから受講にいたるまでは、さほど時間はかかりませんでした。
---高等学校の学校教員から、レイキティ−チャ−に---
今ではレイキを受講して本当に良かったと思っています。
一番良かったと思うのは、日々感謝にあふれ、出会う人々から学ばせていただける、ありがたいな、嬉しいな。という気持ちや姿勢で満たされるようになったことです。
それに加え、レイキをはじめることで、出会った療法(ホメオパシ−やフラワ−エッセンス)、人々のサポ−トのおかげで、ますます人生が楽しくなってきています。何より、自分を信頼できるようになってきました。
シンクロニシティや円滑現象の増加もひしひしと感じています。
レイキを人々に知ってもらうお手伝いをしたい!
そう思うようになるまでに時間はかかりませんでした。
こうして、関東にある私立中高一貫校での教員生活にピリオドを打ち、現在に至るのです。
教員を辞めることは、非常に迷いました。生徒たちとの関わりは大好きでしたし、
後ろ髪をひかれるとは、このことか、
と初めて感じた気がします。
最後の音楽の授業では、私も生徒も、涙でぐちゃぐちゃになっていました。
生徒が、
「この曲は、私たちが先生から一年生の頃に始めて習った曲です。
今日は、先生のために歌います!」
といって、全員で歌ってくれたスピッツのチェリ−が、今でも忘れられません。
わざわざ、この日の伴奏のために、ギタ−を始めて練習してきてくれた子もいました。
本当に素晴らしい経験ができました。
今でも、最後に受け持った学年の生徒たちがくれた手紙と色紙は私の宝物です。
手紙の多くに、
「先生の話をきいて、私もイラストレ−タ−の夢を追いかけようと思いました。」
「反対されたけど、やっぱり演劇の勉強をしようと思います!」
「これからも、ちゃんと、ありがとう!って、言うようにします☆」
などなど、私が授業で話してきた、ワクワクや夢を追うことの大切さ、スピリチュアルな話、
をしっかり受け取って
くれた、内容がたくさん書かれていて、一人、誰もいない音楽室で涙が止まりませんでした。
彼らの目標になれるよう、私も、毎日を感謝とワクワクで満たして生きていこうと思います。
そして、今までの経験から培った力を存分に活かした、セミナ−やカウンセリング、セッションで、
みなさんをお待ちしております。
みなさんにお会いできる日を楽しみにしておりますね。
ありがとうございます。
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